旧暦では60日に1度、 庚申 の日が巡ってきますが、この夜の睡眠時に人の体内にいる三尸 という虫が天に昇り、その人の罪過を天帝に告げるために生命を縮められるとする道教の教えがあります。三尸 が、天帝にあることないこと告げ口をするので、その報告によって寿命が縮まると考えられていました。 そこから 庚申 の日は、眠らずに過ごすという庚申待 という風習が行われました。その夜は眠らずに番をして、酒食をとり、健康長寿を願う集まりとなっていったようです。
現在、山田区日野地域では1年ごとの当番を決めて、庚申の日に庚申塚の清掃、当番の自宅座敷で供物をして、家族で庚申の掛け軸と庚申猿を拝み、般若心経を唱えます。当番は一年ごとに交代しています。
(広報のせ2009年5月6月7月号)
石形に彫られるのは仏像、神像、文字など様々ですが、申は干支で猿に例えられることから「見ざる言わざる聞かざる」の三猿(謹慎の態度をあらわす)を彫刻し、村の名前や庚申講員の氏名を記したものが多くみられます。
能勢町内には15基あり、日野谷の渓口に立つ庚申塚の「青面金剛」は町内15基のなかで唯一の像で極めて優作とされています。彫刻は幕末期に、本光寺の住職で数多くの石像彫刻をした白巌(はくがん)和尚によるものです。